第208回 防災まちづくり談義の会 開催レポート「さがみはら防災マイスターが進めた災害時障害者支援」
1.開催趣旨と講師紹介

第208回となる「防災まちづくり談義の会」では、神奈川県相模原市で「さがみはら防災マイスター」として活躍されている小嶋 洋さんをお迎えし、「さがみはら防災マイスターが進めた災害時障害者支援」をテーマにご報告いただきました。
小嶋さんは、宮城県加美郡色麻町のご出身で、現在は相模原市緑区在住。相模原市献血推進赤十字奉仕団委員長、さがみはら防災マイスター(防災士)、日本防災士会本部会員、防災塾・だるま会員など多彩な顔を持ち、応急手当普及員・危険物取扱・自衛消防・テロ対策警備・生涯学習コーディネーターなど、多くの資格・経験を背景に地域防災に取り組んでおられます。

2.さがみはら防災マイスター制度と活動の全体像

はじめに、小嶋さんから「さがみはら防災マイスター制度」の概要が紹介されました。
- 相模原市独自の講座・さがみはら防災スクール等を修了した防災士を「さがみはら防災マイスター」として認証し、市内各地へ講師派遣する制度
- 令和7年3月時点で登録者は約200名
- 令和6年度の派遣実績は、防災講演、DIG、HUG、クロスロード研修など計51件
とくに、聴覚障害者向け防災講演・DIG、県立防災センター見学ツアー、市職員向け避難所運営研修、小学生〜中学生向けの防災教育プログラムなど、多様なフィールドで活動していることが紹介されました。

3.聴覚障害者との出会いとDIGの工夫
(1)「障害者には対応できない」からのバトン
転機となったのは、令和3(2021)年11月、防災協会から「聴覚障害者を対象としたDIGを実施してほしい」と依頼を受けたことでした。多くのマイスターが「障害者には対応できない」と断る中、小嶋さんは依頼を引き受け、自ら勉強会を開いて相模原市全域を対象とするDIGを復習・検討。その過程で、聴覚障害者関連4団体が連携する「クローバーの会」とつながります。
クローバーの会は以下4団体の連合体です。
- 聴覚障害者協会(当事者)
- 難聴者協会・土の会(当事者)
- 登録要約筆記者の会(支援者)
- 登録手話通訳者の会(支援者)
この4団体が横並びではなく「連動して活動」している事例は、県内でも全国的にも珍しいとのことでした。
(2)DIG本番に向けた“レイアウト革命”
1月の事前打合せでは、聴覚障害者特有の配慮事項が率直に出されました。たとえば――
- 地図をテーブルに広げると、手話通訳者の手話が見えず情報共有ができない
→ 地図は壁に貼り、手話通訳者を地図の横に配置する方式に変更 - そもそも地図記号に馴染みがない人も多い
→ 座学の構成や説明方法を見直し

こうした意見を踏まえて、2月5日の第1回防災学習会(聴覚障害者8名を含む32名参加)では、
- 壁貼り地図+前方スクリーン
- 手話通訳・要約筆記の配置を工夫
- 実技では各グループに手話通訳者+要約筆記者を必ず1名ずつ配置
といった“レイアウトと情報保障のデザイン”を行い、聴覚障害者と健聴者が「同じ土俵」でワークに参加できる場を実現しました。
反省点はありつつもアンケートでは概ね好評で、「第2弾以降もぜひ」という声が多数。第3回DIGでは、J-DAGを参考にした「指示書」を導入し、各テーブルのペースに合わせて作業を進められるようにするなど、さらに工夫を重ね、その様子は神奈川新聞「減災新聞」にも大きく取り上げられました。
4.避難所開設訓練への“ゲスト参加”とニーズの「見える化」
DIGを重ねるうちに、小嶋さんは「聴覚障害者向けの防災教育は、健常者向けに比べて取り組みがほとんど進んでいない」「行政の支援も十分でない」という現実に直面します。そこで、生涯学習コーディネーターの知見を生かし、「障害者側と行政側をつなぐコーディネーター」として動く決意をされました。
最初の一歩として、若松小学校での避難所開設・運営訓練にクローバーの会のメンバーを“ゲスト参加”してもらい、障害者の視点から避難所の課題を洗い出すという方法を採用。訓練に参加した聴覚障害当事者・支援者からは、次のような切実な声が上がりました。

- 体育館・避難所に「字幕付きモニター」を設置してほしい
- 情報を読むために、ライトを増やし明るくしてほしい
- 段ボールベッドの「囲い」は、聴覚障害者にとっては“孤立・恐怖”につながる
- 防災訓練に参加したくても、手話通訳・要約筆記の同行がないと参加しづらい
- 自治会・防災会は「聴覚障害=手話」という固定観念が強く、要約筆記など他の支援手段への認識が不足している
一方、参加した自治会役員・避難所運営側からも、
- 「ここまでしっかりとやっている訓練は初めて見た」
- 「聞こえない人のことを“放っておいた”ことに気づかされた」
といった率直な“気づき”の声が出され、障害当事者が現場に参加すること自体が大きな学びになることが共有されました。
5.行政との交渉と制度・備品の改善
避難所訓練で整理された課題を受け、令和5年7月には、
- クローバーの会
- 相模原市役所(生活福祉課ほか)
- さがみはら防災マイスター+避難所運営協議会

による三者協議が開催されました。ここでは、
- 災害時の情報保障者(手話通訳・要約筆記)派遣体制
- 障害者が着用する「障害者等支援バンダナ」と、情報保障者用ビブスの作成・配布
- 聴覚障害に特化した避難所支援(コミュニケーションボードなど)の導入
- 行政職員向けの対応マニュアル作成と研修
- 障害者が防災訓練に参加しやすい環境づくり
- 要援護者避難支援ガイドラインのあり方
など、多岐にわたる要望が議題となりました。
市側からは「予算化に2年、製作に1年、配備まで3年は必要」といった行政の事情も示されましたが、防災マイスター側からは
「災害は今すぐにでも起こり得る。たかがバンダナ、ではなく、当事者にとっては命に関わる」
という強いメッセージが発せられました。
6.能登半島地震後に動いた予算と“目に見える成果”

この話し合いから半年後の令和6年1月1日、能登半島地震が発生します。この大災害を契機として、先送りされていた聴覚障害者向け防災備蓄(バンダナ・ビブス・コミュニケーションボード等)の予算が急遽市議会を通過し、具体的な配備が動き出しました。
- コミュニケーションボード・情報保障者ビブス:市内全避難所に配備
- 救急車搭載のコミュニケーションボードもリニューアル
- 障害者等支援バンダナ:市内全避難所に配備し、希望者に無償配布
- バンダナには視覚障害・身体障害・聴覚障害・要援護者等のマークを印刷
- 視覚障害者向けには触ってわかるリボン加工を付加
さらに、相模原市内105か所の全避難所に、停電時でも使用可能な冷暖房を5年以内に整備する事業や、学校敷地内に設置される災害時専用トイレの整備など、いわゆる「災害弱者」の関連死を防ぐ方向でのハード整備の方針も示されました。
7.技術の活用と「誰一人取り残さない」避難所づくり
講演では、音声情報と文字情報をつなぐツールとして、

- こえとら
- UDトーク
- Google「音声文字変換」
- YY文字起こし
などのアプリが紹介されました。これらは、聴覚障害者とのコミュニケーションだけでなく、日本語や漢字の理解にハードルのある人、外国籍住民との情報共有にも有効であることが示されました。
また、メイン画面には図やイラストを多用し、文章はひらがな中心の要約筆記スクリーンに分けることで、「境界知能」とされる人を含め、学びのハードルを下げる工夫も提案されました。
8.質疑応答:在宅避難、学校、資格制度など

後半の質疑応答では、参加者から多様な質問・意見が出されました(Zoom要約より)。
- 聴覚障害者にとって、避難所と在宅避難のどちらが現実的か
- 学校における障害児支援と防災教育の組み込み方
- 防災士・防災マイスター等の資格制度の活かし方
- 自治会・マンション防災における障害者支援の位置づけ
などについて活発な意見交換が行われ、相模原市の取り組みを「他自治体でも応用できるモデルケース」として捉える視点も共有されました。
最後に、小嶋さんからは「手話の緊急サイン『助けて』」が実演を交えて紹介されました。親指を立てた握り拳に、もう一方の手のひらを自分側へ引き寄せるように数回当てる仕草であり、実際に相模原北公園でこのサインを出していた人のそばに駆け寄ると、その先で人が倒れていたという事例が紹介され、参加者一同が真剣に見入っていました。
9.まとめ:心配する人から「つなぐ人」へ

今回の談義の会は、
- 「心配しているだけでは何も変わらない」
- 「当事者・支援者・行政をつなぐ“コーディネーター”の存在が、制度と予算を動かす」
ということを、相模原市の具体例を通して教えてくれる内容でした。
DIGのレイアウトを変える工夫から始まり、避難所訓練への招待、三者協議、能登半島地震後の予算化と備品配備に至るまで、一連のプロセスは「障害のある人を“特別扱い”ではなく、同じ被災者としてどう守るか」を問い直す実践とも言えます。
第208回の談義の会は、障害者支援を「専門分野」として切り分けるのではなく、地域防災のど真ん中に据えるべきテーマであることを、参加者一人ひとりに深く印象づける時間となりました。
塾長 鷲山龍太郎


